Vol.005 暮らし実験

気の遠くなる反復練習

Vol.005 — 2026 年 10 月 9 日発行

主筆の池淵峻一です。前号から 1 週間、訓練のことを考えていました。この号では、スピードスケートの話を書きます。気の遠くなる反復練習のなかで、これでいいのかと考え続けたこと。そして、時代によって変わる努力の価値についてです。

近況報告

今年の 8 月の下旬のことですが、山梨県北杜市に行ってきました。目的はいくつかあり、そのうちの一つが、小中学校のころにお世話になった方へお礼を伝えることでした。スピードスケートのコーチをしていただいた方です。

話を最近に戻しますと、直也テックさんの要約動画を見ました。最近はめっきり YouTube のアプリを起動することも少なくなったのですが、なぜか起動して目に留まりました。Lex Fridman のポッドキャストで、DHH が話した 5 時間のインタビューを、日本語で 25 分ほどにまとめたものです。DHH (David Heinemeier Hansson) は、高速に Web アプリケーションを作るためのフレームワーク Ruby on Rails を作ったプログラマーです。Basecamp などを手がける 37signals という会社の CTO で、20 年以上、美しいコードを書くことにこだわってきた人として知られています。AI にコードを書かせるようになり、人間がプログラミングする時代が終わりつつある、という話です。

観察

話をスピードスケートに戻します。中学 2 年生だった 1998 年の 2 月、長野で冬季オリンピックが開かれました。スピードスケート男子 500m で清水宏保さんが金メダルを獲りました。私は彼の滑りを録画しており、その録画したビデオ(本当のビデオテープです)を何度も何度も見返しました。そして、オリンピックで金メダルを獲ろうと決めました。本気です。

ただ、私は短距離より長距離のほうが得意だったので、短距離の練習はしませんでした。中学 2、3 年生なりに一生懸命考え、栄養やスポーツ理論、筋繊維や超回復について学び、トレーニングメニューを自分で考え、試行錯誤を繰り返しました。

所属していたスピードスケート部には夏の活動がなく、夏場の練習は自分で考えて自分でやる必要がありました。当時住んでいたのは、いまの山梨県北杜市です。八ヶ岳南麓の、坂道が続く土地でした。私は週に 3 回、自転車で坂道を登ることにしました。最後のほうは、片道およそ 12km、標高差は 600m を超える、ほとんど上りだけの道を荷台に錘を載せて登っていました。

食事にも気を使いました。とくに納豆をよく食べました。少し離れたスーパーに、薄く切った杉(経木)で包んだ三角形の納豆が売っていて、それをたくさん買ってたくさん食べました。

結果は、3000m と 5000m で山梨県記録を更新しました。全国大会では、たしか 5000m で 9 位になりました。

一方で、高校に進んだ私は、高 1 の夏に腰を痛めて部を辞めました。

洞察

これを成功体験と呼んでいいのか私にはわかりません。ただ、その後の私の人生に大きな影響を与えました。

才能があったのかといえば、そうではなかったはずです。中学 2 年生の時点では、成績はまったく振るいませんでした。何がよかったのか。練習の仕方を自分で考えたことだと思います。自分で考えた練習では結果が出て、集団での練習では体を痛めました。どちらも、気の遠くなるような反復練習でした。私が指導者に恵まれなかったという話ではありません。実際に、たくさんのご指導とご支援をいただきました。今年の夏、お礼を言うために伺った方はその一人です。

いわゆるカリキュラムと呼ばれるような、他者が定めた学習コースを否定したいわけでもありません。自転車に補助輪があった方がいい時期があるように、型があるから効率的に進められることはあります。ただ、同じメニューを全員が同じようにこなす形には、限界があります。同じ型が全ての人に最適とは限りません。遺伝子も、育ってきた環境も、人によって違うからです。

私自身は、自分で考えた練習をしている間はいつも疑心暗鬼でした。これでいいのか。これは成果につながるのか。いつまで続ければ、目に見える結果になるのか。この練習は正しいのか。

少し踏み込んだ話をします。がんばることに価値はあるのでしょうか。

これはカリキュラムの話と通じるところがあります。カリキュラムをこなすことが評価される場では、人はカリキュラムをこなすこと自体を良いことだと考えます。では、カリキュラムはなんのためにあるのでしょうか。前号で書いた「真似る」と同じ問題だと思います。カリキュラムは、カリキュラムの先に行くためにあるはずです。

さて、価値というものは変わり続けます。DHH は、25 年かけて自分で美しいコードを書く技術を磨いてきました。その技術に値段がつかなくなりつつあることを寂しくないか、と聞かれて、こう答えています。「No. I did it for 25 years. (…) I’ve done that. That’s enough.」(いや。25 年やった。もうやり終えた。それで十分だ)。気の遠くなるほどの反復で身につけた技術の値段は、本人の努力とは関係のないところで決まります。時代によって、努力の価値が変わるのです。

では、価値が変わったあとに何が残るのか。私の中学時代でいえば、残ったのは県記録ではなく、何を、どう訓練するかを自分で考える習慣だったと思います。超回復を調べ、筋繊維の割合は生まれつきの部分が大きいと知り、延々と続く坂道を登り、錘を足し、納豆を選ぶ。自分を観察する。どれも、そのとき手に入った情報から自分で出した答えでした。答えそのものは、いまなら AI に聞けば数秒以内に返ってくるでしょう。それでも、自分が実際にどう行動するか、それを決めるのは誰にも代わってもらえません。ちなみに私の県記録はすでに塗り替えられています。

まとめ

DHH は AI を歓迎しています。「right now is the most incredible time to be into computers.」(いまは、コンピューターに夢中になるのに、これ以上ない時期だ)。私も同意します。時間が足りずに諦めていたものが作れるようになり、実際にいくつも作りました。

私はいまも、自分にとっての正しい努力とは何かをよく考えます。何が正しいのかわからないからです。

今日も考えています。「いまの」自分にとっての正しい努力とは何なのかを。

そして、なによりも大事なことは「自分を観察するのは自分」だということです。観察と自己対話は続きます。

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池淵峻一
Pigeonworks LLC
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